読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

死ぬまでに、やめるから。

それまでは、OTAKUでいさせてくれないか。主に丸山隆平さんと関ジャニ∞について。

夏の自由研究・地獄先生ぬ〜べ〜を見直す会 ①

キャンジャニちゃんもセーラー服になった夏の自由研究発表第一弾。
下記、指定DVD・Blu-rayBOXをお持ちの方は、ディスク3を再生して下さい↓

地獄先生ぬ~べ~(DVD-BOX)

地獄先生ぬ~べ~(DVD-BOX)



今回は、第5話をお送りします。

1話〜3話で、ぬ〜べ〜は生徒達との信頼関係を築き上げ、【ぬ〜べ〜クラス】を形成し、4話と5話で生徒達への教育・指導にテーマが置かれてストーリーが構成されている。
6話からは、ぬ〜べ〜と律子先生とゆきめの三角関係、ぬ〜べ〜と無限界時空の親子関係、玉藻先生の葛藤、更には絶鬼・覇鬼との対決…と、物語のクライマックスに向けての構成になっていくので、第5話辺りが一番学園ドラマっぽいかもしれない。

第5話のストーリーを掻い摘んで話すと、「なんとなく楽しければいいや」と思っているぬ〜べ〜クラスの生徒・山口晶に、人間になりたいと思っている人体模型・ジンタの魂が取りついてしまう。ぬ〜べ〜はすぐに除霊しようとするが、玉藻先生の「鵺野先生が救ってくれるのは人間だけですか?」という一言から*1、一日だけ晶の肉体をジンタに貸して、様子を見ることにする。

ジンタはぬ〜べ〜クラスの皆と勉強をしたり、サッカーをしたり、人間生活をメッチャ楽しむんだけど、翌日、ついに浄霊される時間が来てしまう。

最初は、大人しく浄霊されようとするジンタだったけれど、人間でいたいという気持ちが溢れ、浄霊を拒否し、自らの本体である人体模型を抱えて教室を飛び出してしまう。それから、理科室に向かったジンタは、人体模型を叩きつけた後、アルコールをかけて模型を燃やしてしまおうとするんだけど、結局出来ない。

この理科室からの流れが私は特に好きで、ここには自己承認欲求と理想と現実の葛藤というのが現れていると思う。
人体模型は、見れば分かるが、半分は人間の裸、半分は臓器が剥き出しになっている。これはつまり、剥き出しのままの自分ーー取り繕うことの出来ない本当の自分のメタファーになっていると考える。
そんな剥き出しのーー本当の自分をまざまざと見せつけられて、人体模型を床に叩きつける姿には、自ら動くことの出来ない、空っぽの自分と対峙して「本当の自分はこんなはずじゃない!」と、ジンタを通して晶が自己否定しているようにすら見える。
夢なんて叶わない。思い描くような自分にはなれない。そんな自分なんて無くなってしまえばいい。そうは思っても、結局人間はそんな自分を受け入れるしかない。だから、ジンタは人体模型を燃やせない。泣きながら、床に散らばった自分に八つ当たりして、蹴りつけるしかない。

この後、幽体摘出によって人体模型に魂を戻されたジンタが「なんでこんなに人間になりたいぼくがなれなくて、なにもないきみがいきて…」と言って泣くんだけど、この台詞を聞いたら、「あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者が、あれほど 生きたいと願った明日だ」という言葉を思い出した。
望んだもの全てが叶う世界じゃなくて、自分が喉から手が出るほど欲しても手に入らなくて、その一方で望まずとも手にしている人がいる。その現実を見つめながら、今回のテーマに対するぬ〜べ〜の答えが、台詞からなんとなく読み取れるのだ。

「鵺野先生…ぼくは人間に…律子先生が言ってたんだ。夢は、必ず…」
「ああ、きっと叶うさ」

「必ず」じゃない。「きっと」。
これこそが、理想と現実を見据えた上で、夢に対するぬ〜べ〜の答えなんじゃないかと私は思う。この回で覇鬼が「夢を諦めさせるのも大人の仕事なんだよ」とか「体重100キロのオッサンがTGCに出られますか?!*2」みたいな話をするんだけど、その話が表すように、努力すれば絶対に叶う夢なんて実はない。けれど、理想論とすれば諦めずに努力すれば夢は叶うと信じたい。それを踏まえた上で「必ず」じゃなく「きっと」を使ったとすれば…この微妙なニュアンスの違いが、ぬ〜べ〜の出した答えで、生徒へのあり方なのではないだろうかと考える。

そして最後、「やりたいことが分からなくて誤魔化していた」と告げる晶にぬ〜べ〜がこう言う。

「将来の夢とかそんなこと考えている暇がなくなるくらいめちゃくちゃに生きてみろ!(中略)そしたら、やりたいこととか夢とかそういうのは勝手に後から付いてくるから」

ここの丸山さんの言い方が力強くも柔らかく、ありったけの優しさを内包しつつ、真っ直ぐに訴えかける言い方で、心に響く。特に「付いてくるから」の言い方が切実で、ここでようやくジンタも晶も救われるような気がするのだ。

このように、ぬ〜べ〜は子ども向けと見せかけて、深いテーマが内包されている。
各ストーリーにおけるテーマを投げかけるのが、覇鬼と美奈子先生が存在する異空間での対話で、美奈子先生は理想論を、覇鬼は現実論を極端な形で語る。
大人になればなるほど、覇鬼の意見に納得してしまうのが悲しいんだけれど、ここで両者の意見を真摯に受け止め、ぬ〜べ〜はその回のテーマに自分なりの結論を出していく。このテーマと構成によって、子どもと一緒に大人も楽しめる作りになっていると思う。

第5話でのMVPは、言うまでもなく晶とジンタを演じ分けた清水一希さんだろう。片言の喋りが、時間が経つにつれて少しだけ滑らかになっていくその微妙なさじ加減に、ジンタが少しずつ人間に近づいている感じが出ていて、ゾクゾクした。

妄想に近い考察、丸山さんについてほとんど書いていないかつなんだか難しいことを書いたように見せかけて、言いたいことは単純です。


第5話、めっちゃ、よかった。



*1:妖怪を救うと同時に、晶の魂は深層意識の中で眠っているため、人間になりたいという夢を持つジンタに影響を受けてくれるかもしれないという狙いもあった

*2:普通に考えれば難しいだろう。叶わなくはないかもしれないけど。