死ぬまでに、やめるから。

それまでは、OTAKUでいさせてくれないか。主に丸山隆平さんと関ジャニ∞について。

ジャニヲタ文芸部 第1回お題「チケット」

第0回から色々な方の作品を読むことが出来て楽しかったジャニヲタ文芸部。自分とは違う視点から創作されている作品群を読むのは本当に面白い。
 
と言うわけで、これからも更に色々な方の作品を読めますようにと祈りを込め、私も参加させて頂きます。
前回同様、SSで行きます……って思ったら、なんだか無駄に長ったらしくなっちゃったので、本当にお時間がある時にどうぞ。
 

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かつて、【幸福のチケット】というものが、僕の近くで出回っていた。小学生の頃のことだ。

そのチケットを受け取った人は、自分の欲しいものが何でも手に入る【幸福の世界】に連れて行って貰えるという噂で。その世界では、多くの人から尊敬され、祝福され、羨望の眼差しを受けながら、その身に限りない愛を降り注がれて、キラキラとした光を纏って、一生幸せに暮らせるのだという。
そのチケットは一体どこで手に入るのか、というと、ある日見知らぬ誰かから、唐突に手渡されるのだという。
ある人は、道を歩いていたら、突然、見知らぬおじさんに手渡され、ある人は、街角で出会った綺麗なお姉さんに手渡されたそうだ。
共通しているのは、小学生から中学生くらいの子ども達にのみ手渡される、ということだ。それ以外、彼らがどのような条件を持つ子どもに、そのチケットを手渡しているのかは分からない。
ちなみに、そのチケットをお金の力で手に入れたとしても、幸福の世界には連れて行って貰えないそうだ。あくまで、手渡された本人が指定の日時に指定場所に行かなければ、意味を成さないチケットらしい。

そしてもう一つ。【幸福の世界】に行った者達は、二度とこちらの世界に戻って来られないという噂があった。
だから、チケットを手渡された子ども達の大半は、幸福の世界に興味を持ちながらも、チケットに書かれた指定場所に、実際に行こうとはしなかった。もしくは、行ってはみたものの、怖くなって途中で引き返してしまう……そのような者がほとんどだった。
結局のところ、大方の子ども達は、想像出来ないほど途方も無い幸福よりも、想像可能な日常の幸せを選んだのだろう。
大好きな友達とサッカーが出来る世界。大好きなヒーローアニメが見られる世界。お父さん、お母さん、家族に守られた世界。ひどく狭くて限定的な世界が、あの頃の僕達にとっては全てだった。そんなささやかな幸せを手放せるほどの勇気を、僕達は持ち合わせてはいなかったのだ。
 
かつて僕も、そのチケットを手にしたことがあった。
あの頃、一番仲良しだったAくんと共に下校していた時。一枚ずつ、そのチケットを貰ったのだ。
 
***
 
僕達にチケットを手渡したのは、ダークスーツを身に纏った背の高いお兄さんだった。とある角度から見れば、有名な俳優さんのようにも見えたし、別の角度で見れば、今をときめくアーティストのようにも見えた。けれど、一瞬後にはその顔がどんな顔だったか思い出せなくなるーーそのような類の人だった。
お兄さんは、色白の綺麗な顔でニッコリと笑うと「君達に、これをあげよう」と、僕とAくんにチケットを差し出した。
「知っているかな?  幸福のチケット。【幸福の世界】への招待状。君達にはそれを受け取る資格がある」
差し出されたチケットを見つめながら、Aくんが恐る恐るお兄さんに尋ねる。
「資格、って?」
「大きな幸せを手にする資格……つまり、大きな幸せを手にすることに耐え得る才能、とも言うかな。幸せを手にするには、それなりの耐久力がいるからね」
「幸福の世界で、耐久力がいるの?」 
「要るとも!  大いに!」
僕がそう尋ねると、お兄さんは大げさに両腕を広げた。
「幸せには常に代償が伴う。光には影、自由には孤独、愛には憎悪が伴うようにね。だからこそ、幸福を手にする代償に耐え得る力が必要なのさ。その力を持たない子を誘っても、幸せに押し潰されて終わるだけだからね」
難しい言葉の羅列に、僕とAくんは互いに顔を見合わせた。
「幸福の世界に行ったら、もう二度と、ここには戻って来られないんでしょ?  他のクラスの子が言っていたよ」
「そう。それも幸福を手にするための代償の一つだ。でも、よくよく考えてみれば、大したことじゃあない。タイムマシンでも存在しない限り、我々は、同じ時間の同じ場所には二度と戻れない。つまり、この場所には二度と戻れないのだから」
「でも、お父さんやお母さん、友達にも会えなくなるんでしょう?」
「そうだね……うん。そうかもしれない。でも、生きとし生けるものは、遅かれ早かれ、いつかは会えなくなるものなんだ。そう考えれば、幸福を手にする代わりに、彼らと会えなくなるのが少し早まるだけ。つまり、辛い思いを先に経験するだけで、人より沢山の幸せを手にすることができるっていうことなんだから、非常にお得だよ」
さあ、と再び差し出されたチケットは、僕達が手にすると七色に輝いた。そして、魔法のように、指定日時と場所が記されていく。
 
二週間後の午後0時。
裏山の神社にある鳥居の下。
 
「待っているよ」とだけ言い残し、そのお兄さんは足早に去っていった。
残された僕は、隣でチケットを夕日に透かし眺めているAくんに尋ねる。
「どうする?  Aは行く?」
「うーん……興味が無いことはないけど、僕は多分、行かないと思う」
Aくんはチケットをおろすと、へらっとした笑みを浮かべた。
 
「お母さんが、一人ぼっちになっちゃうからさ」
 
その時、彼はお母さんと二人暮らしなのだということを思い出した。Aくんが物心つくかつかない頃にお父さんが亡くなって、それ以来、Aくんはお母さんと二人だけで生きてきた。だから、Aくんのお母さんはAくんをとても大事にしていたし、Aくんも自分のお母さんのことが大好きだったのだ。
 
「じゃあ、僕もいかなーい。Aがいかなきゃ、つまらないもん」
 
***
 
状況が一変したのは、それから五日後のことだった。
Aくんのお母さんが、突然亡くなった。
勤め先に向かっていた際、事故に巻き込まれて帰らぬ人になってしまったのだ。
Aくんはそれから一週間程学校を休んだ。
そして、ようやく学校にきたその日ーーチケットに書かれた指定日を明日に控えたその日の放課後、Aくんは僕の席にやってきて、こう告げた。
 
「僕は明日、幸福の国に行くよ」
 
真っ直ぐに向けられたその顔は、あの日、幸福のチケットを受け取った時の彼とは全く別物だった。この一週間で、影を負い、愁いを帯び、大人びた彼の表情に、僕は思わず息を飲んだ。
「君にだけは、言っておこうと思って」
「行くの? 本当に?  ここにはもう、戻って来られなくなるんだよ?」
「……だって。もう、ここに居る意味がなくなっちゃったんだもん」
彼はそう言うと、紙切れのようにへらっと笑った。笑った後で、思い切り顔を歪ませて、涙をポロポロと零した。
 
「他に行く場所なんて……無いんだもん」
 
僕はAくんの泣き顔を見つめて、それから唐突に決意した。そこには、自分の意志も理想も希望もなくて。ただ、Aくんが知らないどこかに行ってしまうことが嫌で、僕の知るAくんとは違う何者かになってしまうことが寂しくて、悔しくて、ただそれだけの理由で自分の未来を決めようとした。
 
「じゃあ、僕も行くよ。Aくんがいなくなっちゃうなんて、嫌だもん」
 
***
 
でも、結局のところ、僕はチケットに書かれた指定場所には行けなかった。家を出ようとしたところを親に見つかり、こっ酷く叱られて、部屋から出させて貰えなくなってしまったのだ。
あの当時、携帯電話なんてものは無かったから、僕は自分の置かれた状況を彼に伝えることが出来なかった。そして次の日、彼は突然の引越しで別れの挨拶もなく転校してしまった。
だから、Aくんが実際に幸福の国に行ったのかどうかは、結局のところ分からず仕舞いとなった。
 
あれから二十年が経ち、大人になった僕は今、平凡なサラリーマンとして生きている。そんな僕が、渋谷のスクランブル交差点を歩きながら、唐突に【幸福のチケット】について思い出したのは、ふと見上げた大型モニターに、Aくんによく似た顔が映し出されていたからだ。
有名な俳優のようであり、今をときめくアーティストのようでもある彼は、キラキラの衣装に身を包み、黄色い声援を浴びて、とても幸せそうに微笑んでいた。
彼がAくんかどうかは、分からない。
モニターに大きく映し出された名前は、僕の知るAくんのものではなかったからだ。
でも、彼がAくんで、僕には手に入れられなかった大きな幸せを掴んでいたらいいな、と思う。
居場所を失った彼が、暗い闇の中、一人で向かった神社の鳥居の先で、無事、幸福の国に辿り着けていればいい。
僕は大画面に映し出された彼に一礼し、スクランブル交差点を後にした。

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《あとがき》
もはや自己満足以外の何物でもない。
幸福のチケットは、実は誰にでも手渡されているんだけど、それを使ってドアを開くか開かないかは、自分とタイミング次第なんだろうな、ってことを書きたかったんじゃなかろうかと思います。

ここまで読んで下さって、ありがとうございました。